日本最北駅と更に北の終端駅
宗谷本線稚内/稚内桟橋駅


◆駅ガイド

 日本最北の駅である宗谷本線稚内駅。実は、かつて更に北に線路が延び、稚内桟橋駅が存在した。現在の最北駅と、かつての最北駅の今を見に行った。

◆探検報告  調査日:2004年11月

 特急利尻にて朝6時に稚内に到着した。冬の北海道は夜明が遅いためまだ周囲は暗い。ホームの駅名板には最北の駅らしく、ロシアサハリンのコルサコフの文字があった。駅舎を出て、駅脇の利尻礼文フェリー乗り場への近道の途中に線路の終端点があり、「日本最北の線路」の看板がある。

 稚泊航路は1923〜1945年まで稚内と樺太の大泊(現:コルサコフ)を結んだ鉄道連絡船である。線路はかつて、稚内(当時は稚内港)駅から先、現在北防波堤だけが残る稚内桟橋駅まで延びていて、現在の特急「利尻」に相当する夜行列車が1往復運転されていた。このほか、貨物列車も運転された。現在、稚泊航路の記念碑のみが残っている。数年前まではC55蒸気機関車も展示されていたが、状態が悪かったため現在は動輪のみが残っている。


◆ひとくちメモ

 現代版稚泊航路の乗船記を紹介します。1990年代にロシア船にて航路が再開され、2000年頃には利尻礼文島を結んでいる東日本海フェリーによる本格的な航路が開設されました。現在はサハリンにもリゾートホテルが建つ時代ですが、ここでの乗船機は「貨物船」のようなロシア船時代(1996年)のものです。


↑かつて線路は、北防波堤の突端までのびていた

 稚内からフェリーに乗り北の大地へ出発する。ロシア船籍の船で見た目は貨物船であった。
 大きな汽笛と共に稚内港を出港した。いよいよ出発だという希望を皆が抱いているや否や、まだ港を出ないうちに煙突から黒い煙を吐き出し、エンジンが止まり潮に流される。エンジントラブルらしく日本人乗客呆然、ロシア人乗船員は、いつものこととあまり焦っていなかった。かなり質の悪い燃料を使っているらしい。本当にサハリンまでたどり着くことが出来るのだろうかと不安になる。
 何とか動き始め一安心であった。この後、コルサコフにつくまでに3度同様のことが起きた。後で聞いた話だが、通常の船がトラブルが起きて、この船が使われていたらしい。船室は、かなり広い4人部屋で、2段寝台が2つあった。サハリンの大地が真横に見えてきたのは、2時間ほどであるが、コルサコフはさらに5時間。定刻より1時間遅れて、「無事」にサハリンの玄関口コルサコフ港に着く。入港後、船から下りるまでに1時間、バスで入国審査の小屋へ連れて行かれ、やっとロシアサハリンの地にたどり着くことができた。


↑日本最北の線路


↑利尻号到着のひととき


↑北防波堤前に建つ稚泊航路の碑と稚内駅名板


↑宿泊した全日空ホテルから北防波堤を望む


HOMEPAGE > 気になる駅探検 > 稚内/稚内桟橋